父の約束

昔小さかった頃
父が仕事に出かけるときに
一緒に夜の駅に行った
闇に浮かぶホームに
ゆったりとたたずむ寝台車
ブルーの車体に乗り込む父に
「僕も」と言うと
「大きくなったら自分のお金で乗るんだよ」と
大きな手で頭をなでられた
そのとき大きくなったら
自分の稼いだお金で
大手を振って乗るんだと心に決めた

しかし今、３１
とうにこの世から父は去り
ブルーの車体も
リストラの波にかき消されようとしている
空いた車内、薄汚れた床
食堂車も車内販売もなく
いわばただの「箱」
もはや小さいときに感じた輝きは失せ
あらかじめ買い込んだビールを片手に
窓の外に目をやるばかり―

世の中何が変わったのか､
それはわからない
ただ言えることは
僕も２人の子の親となり
出掛けにはやはり
「大人になったらね」と
子どもの頭をなでていたりする
風前の灯となったブルーの寝台車に
今こうして乗れる幸せ
それはもしかしたら
親父があのときの約束を
かろうじて果たしてくれているのかもしれない
僕も自分の子ども達に
同じように果たしてあげれるのか
それはわからないけど

夜汽車は、走る―


　　　　　　　　　　　　　　２０００．３．２５．寝台特急「はやぶさ」車中にて